2008年07月07日

機動戦士ガンダムSEED 最終話まで

ザラ議長、本気で「ナチュラル皆殺し」って言ってたんだな。うわー。ちと終盤の議長はトチ狂いすぎ。
なんというか、後半はまともな大人が一人も出てきませんでしたね?
オーブのカガリパパも、国民の事これっぽっちも考えてない風だったし。
アズラエルとか地球連合のえらい人は言わずもがなで。
どうしてこの世界はこうも歪んでるんだろう?


どう解釈して観ればスッキリするのかなーって、ずーっと考えてたんですが。
悩んだ末に次のように考えるようにしました。

子供なのに世界最強の力だけは持ってるラクス一派が政治権力を握った後に、過去の戦争における自らの英雄的活躍を後世に残すため作ったフィルムが「SEED」の物語ではないかと(マクロス世界における「愛おぼえていますか」みたいな?)。
プロパガンダ色が強すぎて、ドキュメンタリー映画というよりほとんど偽史。
ラクス一派の正当性を示すため、敵役のザラ議長やアズラエルは史実とは異なる単純な悪役に仕立てられたに違いない!
ヤキン・ドゥーエ攻防戦は存在したとしても、実は核やジェネシスが本当に使われたのかは定かではなく、大量虐殺が行われたというのはラクス派の主張に過ぎなかったりして。

じゃあ本来の歴史はどうだったのかー…ってのを想像しながら観たらまた楽しめそうだなぁ。
posted by 幾夜大黒堂 at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画・アニメ
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